長く使える企業キャラクターの秘訣は何?『パルコアラ?!』生みの親、クリエティブ・アートディレクター小杉幸一氏に聞く!!

キャラクリエーターに聞く

広告界隈ではよくAD(アートディレクター)、CD(クリエイティブディレクター)というワードをよく耳にしますが、実際にはどの様な仕事なのでしょう。

第一線で走り続ける株式会社onehappy代表取締役の小杉幸一氏に博報堂時代に手がけたPARCO、Google、デジタルアートフェスティバル、資生堂の仕事についてや仕事に対する意識、学生時代についてなど、気になるあれこれを取材しました。マーケティングに沿ったヴィジュアル概念など、マーケティングに携わる方はもちろん、これからビジュアルクリエーターを目指す方も必読です。

 

【2008〜2019 PARCO『パルコアラ?!』について】

小杉氏の仕事を語る上で欠かせないのがPARCOのキャラクター、『パルコアラ?!』。今ではPARCOの顔となるこのキャラクターがどのようにして誕生したのか、クリエーターの視点をさぐります。

2008年に誕生してから10年以上『パルコアラ?!』に携わってきた、小杉氏ですが意外にも、最初は競合の立場から参入してのスタートでした。”パルコグランドバザールをどういうビジュアルにするか”というお題の元に、小杉氏(当時の博報堂チーム)とPARCOの関係が始まります。

【小杉氏】「PARCOをはじめとするファッションビルのバザール広告は、僕が学生の時からカルチャーとしても楽しみだったり、この次誰が作るのかなど、いろんな意味で注目の的でした」

当時PARCOは、いつもセンセーショナルなCMを打ち出し、映画などのトピックも海外からいち早く掴むなど、カルチャーを牽引している存在で、PARCO=ファッションの最先端でした。そんなPARCOだからこそ、”次のバザール広告は誰が作るのか”それが注目されるのも納得です。

【小杉氏】「ただ、一方ではその注目はクリエーター視点・業界視点というところも強かったです」

誰がどんなふうに作るかを模索していたときに、”みんなが自分ごとにできるブランディング”というテーマがテーブルに乗ります。

”このテーマを考えたときに、毎回クリエーターが変わる意味があるのか?”ここから小杉氏のビジュアルに対する思考が動き出し、1つのルールのもとバザールをもっと明解にする方向で話は進んでいきます。その背景には、”生活者にこのシーズンがやってきたと気付いてもらうこと”を、パルコグランドバザールという言葉だけではなく、バザール自体をコミュニケーションとして捉える思考がありました。

【小杉氏】「バザールは一番、間口を広げなければいけない存在(キャンペーン)。そんな”バザールを人格化すること”を主軸に置いて、リサーチをしていくと”カッコいいPARCO”だけじゃない面が見えてきます。広告やCMではずっと”カッコいい”を打ち出していたPARCOですが、店頭を見れば、文房具やカフェなど、親しみやすくいろいろな商品があり、ヴィジュアルと現場(店頭)のイメージに”かいり”があることを発見しました。なので、”かっこいいグランバザール”。だけじゃなくて、”色々あるよ”もちゃんと伝えることに注目しました」

そんな中でチームのコピーライターが『パルコ。アラ?!』というキャッチフレーズを打ち出します。PARCOは商品が豊富なので、行くといろいろな発見がある。そんな発見を「あら?!」というフレーズで表現。そんな言葉をピックアップしているうちに、『パルコアラ?!』というワードに行き着きます。”①一つのルールという考え方 ②長く使える(使い勝手が良い)フレーム ③親しみやすさ が、重なり合いここでやっと、グランバザールの人格を体現するキャラクターとして、コアラの姿をした『パルコアラ?!』が誕生します。このグランバザール人格=『パルコアラ?!』をブランディングしていくことで、『パルコアラ?!』は今や、PARCOの顔になったと言っても過言ではありません。

PARCOは、ある時から映画やアーティストなどタイアップが増えていきます。タイアップのCMや広告は、通常、色々な情報が入ってくるのでヴィジュアルも散漫になりやすいのですが、『パルコ。アラ?!』は世界観があり、それがフレームになるのでたくさんの情報が入ってきてもブレません。

『パルコ。アラ?!』の特徴として、赤の背景・チェックの耳が挙げられますが、実はこのチェックの耳は、「ファッションチェック」からきており、着せかえ可能となっています。ファッションの最先端を行くPARCOだからこその設定ですが、この設定のおかげで、タレントと共演しても、お揃いの耳をつけ、赤バックに入るだけであっという間にPRCOの世界観になります。世界観=フレームになるように設計されています。

たくさんのキャラクターが生まれては消えていく中で、成功するキャラクター作成の秘訣を聞きました。

【小杉氏】「目的があって、そのためのコミュニケーションの手段としてキャラクターを作ることが成功の鍵だと思います。キャラクターを作ることが目的だと失敗するパターンが多いです。PARCOの場合は、親しみやすさを作るのが目的でした。PARCOは、めちゃくちゃ尖ったかっこいい部分があったり、親しみやすさがあったりするので多重人格として捉えています。そんな中で、親しみやすいコミュニケーションを担っているのが『パルコ。アラ?!』です。それに加えて、目的は明解であり使いやすいことが『パルコ。アラ?!』が育った理由と考えています」

 

【資生堂『50 selfies of Lady Gaga』について】

2015年、レディー・ガガをミューズに迎え、「あなたはあなたでいて。それが、あなたの美しさだから。」というメッセージを送った資生堂の広告『50 selfies of Lady Gaga』。第35回新聞広告大賞(広告部門)他、数多くの賞を受賞し、日本国内にとどまらず海外まで、数多くのメディアに取り上げられたこの広告は、レディー・ガガのセルフィーフォト50枚を日本全国の50紙の新聞に掲載された広告でした。

50枚のセルフィーはこちらでもご覧いただけます▷

若者をターゲットとした広告でしたが、新聞離れしていると言われている若者に対しての広告で、新聞を選んだのはかなりチャレンジなことだったのではないでしょうか。あえて新聞広告を選んだ理由を小杉氏に伺いました。

【小杉氏】「このプロモーションは、新聞広告を作るという目的ではないんです。新聞広告を作るというのは、そこにレイアウトなど、その誌面の中でどうするかというメディアの枠組みの中の発想で、従来、機能していたものだと思います。ただ、今の若者は新聞をとらない。新聞を見ない。という時代になってきたときに、新聞を使うアイディアが無いというのが当時の流れでした。このプロモーションは、資生堂が企業ブランディングする上で新聞広告を1つのPRの手法としたというのが新しかったんです。いかに世の中に話題になるかということが目的で、その話題作りに新聞広告を手段として使いました。新聞に広告を出すにも高額な費用がかかるので、新聞広告というのは、元々社会的地位が高いと考えています。webの記事は信頼性が低いものも多いですが、新聞は審査校閲があるので、そもそも信頼から始まるメディアです。新聞広告が打てる企業というのは、世間的にもステイタスが高いんですね。その中で何をするかというのが重要なポイントでした。そして、さらに注目したのが新聞広告は、製版会社でデザインが変えられるという点です。そこで、50枚のセルフィーフォトを使い分けしようということになりました」

このお話からも、”ツールとして新聞広告を使い、テレビや雑誌、SNSなどに拡散させていく”という目的に合わせて設計されたプロモーションだったことが伺えます。今は、当時のような手法で、あえて新聞広告という手段を選ぶ、プロモーションも増えてきていますが、当時はこの手の手法としては、先がけだったのではないでしょうか。

新聞広告を使うということで、紙面のデザインに話は移ります。このヴィジュアルSHISEIDOのインパクトのあるロゴが印象的ですが、こちらのデザインのプロセスも伺いました。

【小杉氏】「テレビや、ネットなどにニュースとして露出することを見据えてデザインしました。コンテンツとして、縮小された全部がパッケージとして露出されることを想定したんです。”50枚のレディー・ガガ”がテレビなどのニュースに出てきたときに、一つ一つのロゴが小さかったら見えないですよね。なので、メディアが紹介するときのことを考えたんです。大きくないと見えないので、インパクトのあるサイズになったんです。一つ一つの紙面のデザインもしてみたのですが、そこのディティールを細かくデザインしていくよりは50枚並んで、引きで見たときにSHISEIDOがきちんときれいに見れるかということに注力した結果、1枚1枚は、あえてデザインしない形となったんです。なので50枚を1枚として考えたデザインとなっています。」


【 Google「Everyone Creator」について】

カンヌライオンズ国際クリエイティヴィティ・フェスティバル2012ダイレクトマーケティング部門で銅賞を受賞した、2011年に放送されたGoogleのCM、Everyone Creator。2011年よりむしろ今にマッチしているように感じるこの動画ですが、小杉氏はADとして、見え方・デザインの部分を担当しています。

【小杉氏】「Google pinと初音ミクの関連性をどう可視化するか?Google pinをアートディレクションするところからスタート。Google pinの初音ミクモデルを作る事が大きなポイントでした。それを地球上に広げていく世界観を作っています」

 

【 デジタルアートフェスティバルCOTOーTAMA】

少し古くなりますが、2008年のデジタルアートフェスティバルCOTOーTAMAについても伺いました。今でこそ、当たり前になったデジタルですが、当時はデジタルが広告文脈に入ってきていなかったと、小杉氏は回想します。デジタルアートフェスティバル自体、デジタルが集まるお祭りという位置付けですが、そういう場での展開と当時の時代を考えて、”デジタルで新しいことをやろう”というテーマのもと、”いかにデジタルということを先駆けるか”というキャンペーンの取り組みでした。それまで、小杉氏が手がけてきたものはデザイン=グラフィックという仕事がほとんどだったので、今まで経験してきたこととは違う、新しい手法に初挑戦した仕事となりました。

mynavi_news出典  https://news.mynavi.jp/photo/article/20081027-defreport/images/011l.jpg

最新デジタル技術を駆使した作品が展示されるデジタルアートフェスティバルですが、間口が広がりすぎてしまい、テクノロジーに精通した人たちが遠のいてしまったということが、当時のクライアントの悩みでした。そこでテクノロジーに精通した人に、より届くようなアプローチを表現することが小杉氏の最重要課題となりました。

【小杉氏】「お祭り感を出せば多くの人に広がりやすいですが、テクノロジーに精通した人たちは狭くて深い。当時は特に、そういう時代だったので、デジタルの本質をきちんと出すことに注力しました」

そんな中で用意したのがモールス信号を応用した告知ポスター。さらに、web上にモールス信号でメッセージが送れるプラットフォームを作って告知。デジタルな知識がないと読み解けないから、イベント詳細も来場ゲストの告知も暗号を解読しなければわからない。「分かるのは本来のターゲットだけ」という仕掛けがされたプロモーションでした。クライアントの悩みを見事に解決したこの広告は、第56回カンヌ国際広告祭のデザイン部門で金賞・プロモ部門で銅賞を受賞しています。

デザインする側も当然ある程度の知識が必要になってくるこの仕掛けですが、小杉氏も例に漏れずデジタルのアプローチ方法などを学んでいます。

【小杉氏】「それまではデジタルに全く疎かったんですが、これをきっかけにデジタルを取り込む手法を本格的に使っています」

 

【旭硝子はAGCへについて】

これまで、イメージを可視化するアートディレクションのお話を伺ってきましたが、AGCに提案をしたのはメロディーをつけてのCM提案でした。(奇しくも、当メディアの「サクセスで学ぶ」のコーナーで公式キャラクターの『AGCちゃん』(AGCちゃんの誕生秘話など)について取材しています)

”可視化する”というとヴィジュアルにとらわれがちですが、イメージや印象をつけることを考えると音や音楽も欠かせないですよね。”耳残りする・記憶に残る・TVにふと目がいくきっかけ作り”に、音はとても重要と小杉氏は言います。

©️AGC

旭硝子株式会社からAGC株式会社へ社名が変更され、社名告知をするための初めてのコミュニケーションプロジェクトに小杉氏は会社のチームで競合として参加しました。メロディーをつけたCM案が採用され、2年間ほど担当しています。

AGCといえば、CMに出演している高橋一生氏が、すぐに思い浮かびます。小杉氏が手がけた、第一弾のCMは一生氏が「あさひ〜ガラスは、AGC〜♪」と歌っている、爽やかな姿が印象的でした。

【小杉氏】「会社の紹介になるのでいかにキャッチーなコミュニケーションができるかを考慮し、誰でも口ずさめるメロディーに社名変更の内容を載せてメジャー感を狙うというCMを目指しました」

その後、認知を上げるために作られたCMが、一生氏が司令官姿で登場し、指示した目線の先にいるのが巨大AGCちゃんというCMでした。一生氏はすごいシリアスなんですけど、それに対して出てきたAGCちゃんはほのぼのとしていて、そのギャップが凄かったのを私も記憶しています。そういうギャップのインパクトで、CMとしてして記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。

 

【アートディレクターはデザインの力で企業の課題を解決できるのか】

小杉氏は”アートディレクターはデザインで企業の課題を解決できるか”といった大変興味深い実験を2015年にしています。協力してくれたのは、「築地玉寿司」の代表取締役社長 中野里洋平氏。トップクリエーターと敏腕社長の対談は、これだけでも興味を惹かれるものはあります。そこにデザインの力で企業の解決を試みると言うのは、様々な業種の方にとっても興味のあるところではないでしょうか。

実験は、2時間のミーティングを2回行い、一度目は課題引き出し、二度目は課題に基づいた提案をするというもの。この全貌は、ダイヤモンド社「ハーバードビジネスレビューオンライン」連載記事にも公開されています。

たった1回のミーティングで、課題を引き出し、次のミーティングで提案に至った内容は、ロゴデザインのみならず、新たなアイコンにもなりうる“もじにぎり”のデザインで、この文字にぎりは商品や空間、店舗デザインまで広げた提案となりました。

【小杉氏】「本質的な話は短い時間では無理ですが、デザインという視点でできる可能性を提案するという実験でした。業績上々の敏腕社長との対談なんで、僕がいうことなんてほぼないんですけど、話ていくことで思考が、整理されていき、唯一出てきた問題点がロゴマークが2つあるということでした。そこでロゴを2つ持つ意味を作っていくこと。会社の企業理念や、「築地玉寿司」のブランディングでしかできないアプローチを提案しました」

出典:築地玉寿司HP

『築地玉寿司』のロゴマークは、”『す』が4つで、スシを表現した丸い紋タイプ”と、”へのへのもへじの顔をもじった顔のロゴ”。

【小杉氏】「ロゴというのは、箱なのでメッセージを込めながら、従業員の方含めて意味付けしたりロゴのストリー性を伝えることを提案しました。顔の方は、従業員の皆さんに人気だったのですが、現代的ではないというのが問題だったので文字にぎり提案をしました」

この2回の実験的なミーティングを経て、小杉氏は同年11月に、東京・大崎の光村グラフィックギャラリーで「もじにぎり展」を開催しています。

この実験対談からもじにぎり展に至った経緯を尋ねました。

【小杉氏】「経営者とじっくり話すということが初めての経験でした。この経験で僕が気づいたことは、アートディレクションという僕の仕事はヴィジュアルで会話するということ。見たもので人は動くので、目にしたものは1目瞭然なんです。社長と話た言葉をヴィジュアルにすることで1つジャンプ。それを起点に、社長の経営視点が加わることで更にジャンプ。そんなやりとりができるプラットフォームを作りたくて、対談後に展示会も開きました」

このもじにぎり展、2018年にはファッションブランドZUCCAのカバン ド ズッカ(CABANE de ZUCCa)の南青山と、札幌でも開催されました。もじにぎりグッズも販売され、本展開催を記念し、9月15日には、カバン ド ズッカ南青山に築地玉寿司の屋台が出現。本場築地ならではの新鮮なネタで本職の板前がプチにぎりを振舞われました。

小杉氏と中野里氏の関係は今も続いており、更なるプロジェクトも動いているそうで、今後も楽しみです!

【 表現方法が増えた今、小杉氏が考えるアートディレクションとは】

「表現方法が増えても根本的な考え方は変わらないです。企業や商品、サービスのヴィジョンを可視化していくプロセスを作っていくのがアートディレクションの仕事として捉えています。

手法に関しては、以前は、メディア発想で、テレビCMをどう作ろう。新聞広告をどう作ろう。パッケージをどう作ろう。と、対象のメディアから考えて、当てはめていました。でも今の時代のコミュニケーションは、メディアが決まってないことが多いです。なぜなら、WEBやスマホ、SNSやイベントの場、もちろんテレビや新聞など、色々な接点があるから。なので、今はメディアから発想するのではなく、ヴィジュアルコミュニケーションプラットフォームを作っています。

今まではメディアの一枚絵だったんですが、もっと俯瞰したコミュニケーション全体の一枚を作るイメージです。

例えば、書体や色、カメラマンなど、ターゲットとなるブランドや商品などの見え方の”この形で世の中に出て行ったら、いいですよね”と言えるようなものをバッと作ります。それを見たクライアントの各部署の人がそれぞれ自分ごと出来るような、大きな一枚絵を作ります。

そうすることによってこのメディアにはこの情報を入れましょうとか、ここを省こうとかの整理ができます。そんな概念としての一枚を作れるのがアートディレクションならではだと思っています。

デザインや作ったものはみんなの言語になると思っているので、プレゼンテーションも丁寧にやっています。みんなが自分ごとにできるよになることを心掛けおり、デザイナーしかわからないという仕事はしないです」

”デザインはみんなの共通言語”小杉流アートディレクションにはそんな小杉氏の仕事の哲学が根付いています。

 

【仕事に対する意識】

アートディレクターとクリエイティブディレクター、どちらもお仕事されると思いますが、仕事をする際の大きな違いや、意識することはありますか?

「プランニングもするので、この2つの仕事についてあまり差は無いです。独立してからなお、思うことは、目的をはっきりさせ自分ができることにしっかり取り組み、ビジョンをはっきり持つことが重要と思っています。ベースはアートディレクションであり、それが僕の武器になるので、その1つの手段として絵を作るということはあります。ただ、絶対に絵が必要とは思っていないです。ポスターは必要無いかもしれない、CMは必要ないかもしれない。必要なのは、会社の社訓かもしれない。そういう場合は、絵に拘らず社訓に向き合って取り組みますし、クリエイティブディレクターがいなければ、それを僕が担うこともできます。明快に線引きをしているわけではなく、積み重ねてきたスキルを自然にアウトプットしています」

デザインのスピードがびっくりするほど早いとクリエーター仲間に言われているようですが、アイディアの蓄積はどのようにされていますか?

「アイディアはあまり、自分の中には溜めていないです。僕は、世の中にどう出すか、ヴィジュアルという手段を持っているデザイナーという翻訳家なんです。なので、僕の中に答えはないんです。

アイディアもビジョンも、商品やサービス、ブランドなど、クライアントの中に答えがあると思っています。それをどう整理して、ビジュアルやアイディアをジャンプさせるか。引き出して、翻訳して、世の中にどう伝えるかという立場なので、ファッションデザイナーのようにゼロから形を作り、世の中に発表するというものとは違うんです。

翻訳家って立場を考えると、アイディアもビジョンもクライアントの中にあるので、クラインとのやりたいことや思いを可視化していく作業をしています」

相手の中に見出すというのは、コミュニケーション能力も相当高くないとできないですよね?

「そうですね。コミュニケーションは、スピードにもつながってくると思います。僕はあまり”やりとりの球”を持たないようにしたいんです。すぐ、こうですか?こうですかね。って打ち出すんです(笑)。アイディアが早くて困る人はいないと思うので。それが雑とか、仕事のクオリティが落ちるというのは本末転倒ですけど、早くて困るという人は誰もいないんです。それを踏まえて考えることもできるので」

仕事仲間と電話でミーティングし、その後すぐにヴィジュアル化したアイディアが出てきたという逸話もお持ちですよね?

「アイディアは水のようなイメージなんです。溜めない。水も溜まるとすぐ腐ってしまうので、ずっと流れていないとおそらくいいものにはならないんです。常にフレッシュでいる。僕の中では、それがスピードにつながっています」

企業のものを手がける時とアーティストを手がける時で考え方やデザインは変わりますか?

「規模感というのは明快には違うんですが、ベースに翻訳家というものがあるのでプロセスとしては変わらないです。ビジュアルの翻訳家というところから考えると、企業とアーティスト考え方を変えるということは無いです」

休日は何をしていますか?ONとOFFの切り替え方やリラックス方を教えてください。

「あんまりON・OFFがないですね。カッコつけて言うと、デザイナーとか翻訳家って生き方とかスタイルだと思うのでON・OFFってあまり気にしてないです。例えば、OFFで行った旅行先で見つけたビル。そのビルのディティール、次の仕事で使えるなとか、思うことって仕事のことですよね。なので、ON・OFFの切り替えって感じじゃないです。フラットと言うか、デザインするってそう言うことだと思います」

印象に残っているお仕事を教えてください。また、その理由も合わせて教えてください。

「考え方だったり、時代に対しての提案ができたりということで『COTOーTAMA』と、資生堂『50 selfies of Lady Gaga』が僕の中でターニングポイントの仕事でした。賞もいただいたんですが、実は自分の中では1個も取れるとは思っていなかったんですよね。まさかあんなに大きい賞を取れるとは思っていませんでした」

 

【独立した今だから思うこと】

昨年、企業されていますが、独立された理由を教えてください。

「博報堂という大きい会社にいると、大きい仕事や貴重な体験もたくさんできるんですが、会社に甘えてしまうんです。会社の枠というのは、守ってもくれるし、管理もされるので、円滑に進めるための仕組みがそこにあります。それって物凄い価値があると思んです。ただ、役割分担もあり、全部自分でやろうという発想が、会社では難しいですよね。僕はコミュニケーションを考えていくと全部自分でやりたくなってしまうんです。それがクリエイティブディレクションにつながってくるのかもしれないんですが、会社の枠にとらわれない、自分ならではのアートディレクションの形を模索したかったんです。

こんなところにもアートディレクターが入れるのとか、ここに絵があったらコミュニケーションがうまくいくよねとか、どこにでも入れる翻訳家を目指したかったので独立しました」

博報堂に16年間勤め上げ、2019年に独立。このタイミングで独立されたのは、何か思いがあったんでしょうか?

「今まで恵まれてきたので、辞めようと思ったことは、その前までは一度も無かったんです。いざ辞めようと踏ん切りがついたのは2019年。きっかけは、映画のプロデューサーからの仕事の話でした。ポスターの案件かと思い話を聞いていたら、実は原作が可視化不可能と言われていて、それを可視化するためのアートディレクションが仕事内容でした。通常は監督が絵作りするものと思うのですが、そのプロデューサーからは、アートディレクターが間に入ることで、監督への依頼もスムーズになり、一枚絵を作っておくとPRの話題作りの視点を持てるということで、話をいただいたんです。

この話を聞いたときに、すごい新たしいことだと思ったんですよね。アートディレクションという考え方が色々な場所に入っていけると、気づけました。そして、決まったフォーマットの今までやってきた仕事とは違う、アートディレクションが入っていける隙間をもっと探していけるのではないかという期待が生まれました。

でも、その仕事はいろいろな事情で実現しませんでした。そんなこともあり、アートディレクションが入りこめる隙間を探すのは(会社の中でもできることですが)、独立した方がフットワークも軽く、もっともっと動きやすいと思ったんです」

クリエーターの働き方が、会社に所属する以外の選択肢も増えた現在で、会社を企業した理由を伺いました。

性能が良くリーズナブルな機材や、便利なツール、クラウドソーシングの誕生などで会社に所属しなくてもクリエーターが活躍できる現在、あえて会社を企業した理由はなんでしょう?

「一言で言うと、責任です。大きい仕事もいただいているので、きちんと会社を構えました。クライアントの担当が社長の場合、説得力のある提案をするには、経営する大変さも理解し、経営者の視点も含めた内容が必要と考えています。社長は相談相手がいない。と一般的によく言われますが、社員だったらわからない、同じ経営者という立場だからこそ、説得力のある提案ができることもあります。

独立する前、僕は社員という立場でしたので、クライアントの社長と話をしていても、経営する視点が無く、経営の話をされてもどこか理解し難い部分がりました。

個人より会社にした方が、やりくりやビジョンというところを、同じ経営者・同じ立場からの視点で見ることができます。規模感が違っても経営という施策を持つことでクライアントに、より説得力のある提案ができると思い会社を設立しました」

この先、チャレンジしてみたい事は?

「色々やらしてもらって、恵まれてきたんですが、公共物をやってみたいです。社会のルールの一角を担うものとかチャレンジしてみたいです。標識を作るなどね。それと、内装や外装、インテリアなども携わっているのでアートディレクションの枠を広げていきたいですね」

【店舗デザイン】

 

【学生時代について】

JR東日本の「Student’s デザインコンテスト」で見事、グランププリを受賞・賞金50万円を獲得。日本紀行めぐりという名での駅弁や新幹線で販売もされていました。コンテスト応募の動機はMacのG4の購入資金を獲得することだったと言う小杉氏。コンテストにチャレンジしてよかったことはあったのでしょうか?

【小杉】「他のコンテストは一切、賞は取れてないんでけどね。「Student’s デザインコンテスト」は賞をいただきました。よく獲れたなって思います。チャレンジしてよかったことは、学校の中の閉じた世界ではなく、開けた場で人に初めて認められると言うことです。これは1つの起点となりました。人に良いって言われるのは、こう言う理由があるからだ。とか、こういうところをみているんだとか、客観的的な視点は、賞をとってわかることがありました」

どんな学生でしたか?

「いろんなことをやっている学生でした。それが今の財産にもなっています。アルバイトもいろんな業種をやりました。テレビ観覧のバイトもたくさんしましたし、セブンイレブンでもバイトをしました。中華屋のデリバリーや、引越し、美大を目指す予備校の先生やお鮨屋など、ほんと業種問わずでした。今考えれば、それぞれが何かしら役に立っているとは思うんですが、当時は、何か目的があってそのバイトをしたと言うことでもなかったですね。単純に時給がいいとか。当時の今時の子でした。セブンイレブンのバイトも、今考えると流通というとこがありますし、その時に気づいたことが自分の中のベースになってたりもしますね」

学生の時も相手を喜ばせたいと言うことが原動力だったんですか?

「そうですね。先にお話しした通り、自分の中に答えがないと言うのと一緒で、作ったことで満足と言うことはなく、作ったもので何か喜んでもらうとか、売れるとか相手の反応に興味がありましたね。」

学生時代、将来に対して不安を抱き、授業で教わってたことのないグラフィックの工藤強勝先生に、突然電話をかけて悩み相談をしたエピソードをお持ちですが、この時のことを教えてください。

【小杉】「武蔵野美術大学造形学部資格伝達デザイン学科で学んだのですが、この学科はプロセスを大切にする学科でした。世の中のデザイン事情より、自分の中の個性のアップデートや、可能性を広げるという、内面に向かったデザインの授業が多かったんです。今考えれば、とても重要なことだったんですが当時、社会とつながるデザイン授業というのがあまりなかったので学生の僕はそこが少し不安になったんですよね。そこで、今の世の中のデザイン界の事情を知りたくて、急に工藤強勝先生に連絡したんです。当時、先生は、現役のデザイナーで、授業を教えていたんですよね。僕は先生の授業を履修したことがなかったんですが、先生しかいないと思って電話したんですよ。向こうからしたら、僕のことは全く知らない状態ですよね。アグレッシブな学生だったと思います。先生からのアドバイスもあり、大学3年生の時に広告デザインやキャンペーンの講義を受講しました。そこから、広告業界に進むことを意識しましたね」

 

 【若手クリエーターや、これからクリエーターを目指す志望者にメッセージ】

「おじさんみたいなことを言っちゃいますが(笑)、なんでもやってみた方が良いです。普段自分のテリトリーに無いようなものにあえてチャレンジしてみてください。興味のないことを体験しても、必ず何かしら発見や、気づきがあると思います。自分で体験したことが、自分の将来のどこかのシーンに出てきます。

1ヶ月に1回、1週間位を、インターネットを使わないで生活をしてみる。全然違うよ。という話をよく美大生にします。インターネットは便利なんですが、知ったつもり、やったつもりになりやすいんですよね。

例えば、ネットを使って”くらげに刺されると痛い”と言う情報を知ることはできますよね。でも、いざ刺されると、どれだけ痛いのかとか、どれだけ腫れるのかなどがわかりますよね。自分の体験になるので言語化することも、ビジュアル化することも、自身の体験と合わせて伝えることができます。ここには説得力も生まれますよね。

それから天気のいい日に芝生に寝っころがったら気持ち良さそうってイメージがありますよね。でも実際に寝っころがったら、芝生はチクチクするし、虫もいるしで不快と感じる人の方が多いでしょう。これも実際に芝生に寝転んでみないとわからないことです。

ネットの検索で出てきたものを見て、そのままわかった気でいると、その表現には深みも無く、表面的なものになってしまいます。ネットの翻訳や辞書のように表面上の翻訳では無く、自分の事として翻訳することが重要です」

水のように常にフレッシュなアイディアと、相手の中から答えを導き出すと言う仕事の哲学を持つ小杉氏のこれからの新たな挑戦が楽しみです。

 

【小杉幸一プロフィール】
1980年 神奈川生
2004年 武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業
2013年 株式会社博報堂入社
2019年株式会社「onehappy」を設立

【受賞歴】
東京ADC賞、カンヌライオン国際広告祭デザイン部門<GOLD>、JAGDA新人賞、JAGDA賞、D&AD、NY ADC、ONE SHOW <GOLD>、ACC賞<GOLD/SILVER>、JRポスターグランプリ最優秀賞、朝日新聞広告賞、ギャラクシー賞、ADFES<GRANPRIX>、釜山広告祭<GRANPRIX>、フジサンケイグループ広告大賞優秀賞、インタラクティブデザインアワード、Spikes Asiaなど国内外多数受賞

【審査】
東京ADC、札幌ADC、金沢ADC、広島ADC、JAGDA学生グランプリ、ACC ブランデッドコミュニケーション部門(2018年2019年)など

【著者】
「小杉幸一の仕事」CCCメディアハウス
「トレインイロ」朝日出版社

【展示会】
2006年「TOYLET」 展、2008年「JAGDA新人賞」展、2010年「CHOCOZARU」展、2014年「PLAY THE RULE」展、2015年「もじにぎり」展、2016年「ドーナツを置きたくなる」展、2017年「GRAPHIC FLOWER ARRANGEMENT」展、2017年「輝く人の、STARFLYER」展、2018年「SOAP BALOON ART」展、2018年「光画」展、2018年「かみかん<青山みかん帖>」「かみかん<福岡みかん帖>」展

東京ADC会員、JAGDA会員、JIFE会員
多摩美術大学統合デザイン学科非常勤講師

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記事:キャラクター事業部 釜澤直恵

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